毛利の創作の実践の特徴は、日用品の多用とありふれた状況の変容性への着眼にある。本展のインスタレーション《モレモレ》は、地殻変動が活発な東京の地下鉄構内で散見される水漏れという小さな「危機」に対し、駅員たちがペットボトルやバケツ、ホースといった日用品で器用仕事(ブリコラージュ)的に対処する方法に着想を得ている。作品は、毛利が日本館で作為的に起こした水漏れを、ヴェネチア近郊の古道具屋や家具屋、蚤の市などで入手したさまざまな日用品を駆使してそれに即興的に対処した結果として提示される。枝分かれした水が漏洩から逃れてポンプによって循環されることで、その流れの軌跡がキネティックなスカルプチャーとして現前化される。日本館の建築において特徴的な吹き抜けのある天井から、雨天時には雨粒すら入り込むのだ。特にこれまで幾度も洪水に見舞われたヴェネチアにおいては、不安定な気候危機の時代において増える世界各地の洪水を考えさせるだろう。
フルーツに電極を刺して常に推移するその水分量の変化を電気変換し、持続音(ドローン)と明滅する光を生成するなど、さまざまな構成要素からなる作品《デコンポジション》は、展示室からピロティ部に展開される。ヴェネチアの八百屋や農家から集められたフルーツは、その状態が時間の経過とともに変化することで、ドローンの音程や光量を絶え間なく変えつづける。そしてフルーツが熟れ腐敗するにつれ、いつしか甘い腐臭を放ち、ピロティ部のコンポスト(堆肥容器)に蓄積されたのちにジャルディーニの植生の源になっていく。
両作品ともに日本から大規模輸送することを避け、毛利は数か月間、日本館全体を自身のスタジオとしてヴェネチアに滞在し、作品の素材のほとんどを地元の店やマーケットから集めた。「Compose」展は、ゆえに現代のヴェネチアに住まう人々と日常生活を反映させた貴重なプレゼンテーションでもある。
本展タイトル「Compose」の原義は「com・pose=共に・置く(place together)」とされている。「Compose」展は、コロナ禍後の分断、争い、地球規模の課題や危機に直面する世界において、ばらばらになった人々があらためて共に置かれ(placed together)、住まうことの意味を問いかける。人々はどのようにして「危機」において創造性を与えられるのか——それこそが、予期せぬ水漏れに立ち向かう駅員の姿を見た毛利が作品を着想するに至った背景にある。水漏れは完全には修復されることなく、フルーツはやがて朽ちてコンポストとなってゆく。しかし、こうした小さな営みにこそ、私たちの慎ましい創造性がもたらす希望の鱗片があるのだ。
イ・スッキョン
日本館 展示概要
- 会期
- 2024年04月20日[土] 〜 11月24日[日]
- 日本館テーマ
- Compose
- 出品作家
- 毛利悠子
- キュレーター
- イ・スッキョン
- 主催
- 国際交流基金
- 特別助成
- 公益財団法人 石橋財団
- 協賛
- 大林剛郎 | 牧寛之(株式会社 バッファロー) | 伊藤友紀子 | Lin (Eric) Huang | RongChuan Chen, RC Foundation | Jenny Yeh, Winsing Arts Foundation | 福武英明(株式会社 南方ホールディングス) | 保科卓(株式会社 アルフレックス ジャパン) | 森佳子 | 公益財団法人 大林財団 | 荻野いづみ | 株式会社 レジストアート | 白石正美 | 子幡哲昭 | 中村春雄 | 公益財団法人 野村財団 | 公益財団法人 小笠原敏晶記念財団 | 田口美和 | 八城千鶴子 | 川村喜久 | 松島悠衣 | 藤原達男・鈴木布美子 | 服部今日子 | 堀遵 | 南條史生 | 多田野祐子 | 高根枝里 | 植島幹九郎
- 協力
- 株式会社 三宅デザイン事務所 | 株式会社 リーテム
第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展
- 総合テーマ
- Foreigners Everywhere
- 総合キュレーター
- Adriano Pedrosa
- 会期
- 2024年4月20日~11月24日